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名古屋高等裁判所 昭和32年(ネ)97号 判決

控訴人 松田孝一

被控訴人 岡三証券株式会社

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

本件について当裁判所が昭和三十二年三月二日なした強制執行停止決定はこれを取消す。

前項にかぎり仮に執行することができる。

事実

控訴代理人は「原判決中控訴人に関する部分を取消す、被控訴人が昭和三十一年八月二十日津地方裁判所昭和二十九年(ワ)第七三号及び同年(ワ)第二九号事件の執行力ある判決正本に基き別紙目録の物件につきなした強制執行はこれを許さない。訴訟費用は第一、二審共被控訴人の負担とする」との判決を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張、提出援用の証拠並びに書証の認否は次に附加する外、原判決の事実摘示のとおりであるから、ここにこれを引用する。

控訴代理人において、本件物件中ふすま十本、化粧ガラス戸四本、腰板並障子八本、並ガラス戸四本、並障子四本は、控訴人の所有に帰した津市大字津字伊予町五百三十六番地所在家屋番号八十八番木造瓦葺二階建居宅建坪五坪外二棟の建物の一部を構成し、独立の動産たる性質を有しないから、これを独立の動産としてなした差押は不適法である。然らずとしても、本件物件は前示建物に附随し、本件仮登記の原因たる代物弁済契約に定めた弁済期に債務者たる訴外北折隆が弁済しなかつたので、弁済期日昭和二十八年五月三十日の経過と共に控訴人の所有に帰し、それと同時に控訴人は本件建物に居住していた訴外北折源之助に対し本件物件を爾後控訴人のために占有すべきことを命じ、同訴外人がこれを承諾し控訴人のために占有したものであるから、占有の改定による引渡があり、爾後同物件につき差押をした被控訴人に対抗できると附演した。

証拠として、控訴代理人は控訴人本人松田孝一の尋問を求めた。

理由

被控訴人が昭和三十一年八月二十日訴外北折隆に対する津地方裁判所昭和二十九年(ワ)第七三号及び第二九号事件の執行力ある判決正本に基き、第一審原告北折源之助方居宅において、本件物件の差押をなしたことは当事者間に争がない。

そして、成立に争のない甲第三号証、原審における証人北折隆、原告本人北折源之助、原審並び当審における控訴人本人松田孝一の供述を綜合すると、北折隆は昭和二十七年六月十日控訴人松田孝一から金百万円を弁済期昭和二十八年五月三十日の約にて借り受け、所有にかかる津市大字津字伊予町五百三十六番地所在家屋番号八十八番、木造瓦葺二階建居宅一棟建坪五坪外二棟(以下本件建物と略称する)につき、抵当権を設定すると同時に右弁済期日に弁済しないときは代物弁済として所有権を移転すべきことを約したところ、訴外北折隆が弁済期日に弁済をしないので、控訴人は昭和二十八年六月二十日所有権移転請求権保全の仮登記をなし、昭和三十年八月二十九日本登記を了したものであるが、本件物件は右建物の所謂従物にして、右抵当権設定並びに所有権移転に際し、右当事者間において同建物と同時にその附属物として処分した事実を認定することができる。

控訴人は本件物件中ふすま十本、化粧ガラス戸四本、腰板並障子八本、並ガラス戸四本、並障子四本は本件建物の一部を構成し独立の動産たる性質を有しないというが、これを肯認するに足りる証拠がないので、日本家屋と建具との関係を実験則に照して考えると、前示の如く、本件物件は全部本件建物の常用に供する所謂従物たる関係にある独立の動産と認定するを相当とする。

次に控訴人は、本件物件は控訴人所有の本件建物に付随する同人の所有物件で、北折隆の所有に属するものでないと主張する。

右主張の趣旨は、控訴人が本件建物につき所有権移転登記を経由した以上、その従物たる本件物件につき対抗要件を具備するまでもなく第三者に対抗し得べく、しかも控訴人は右所有権の本移転登記により、これが仮登記をなした昭和二十八年六月二十日の時限において順位が保全せられるから、被控訴人の差押は控訴人の所有物件について執行したことになるというものゝようである。

よつて、この点についての判断を示す。

建物につき所有権移転の登記を経由した限り、これと同時に譲り受けた従物たる畳、建具につき一々その引渡を俟つまでもなく、右登記の事実をもつてその変動を第三者に対抗し得べきことは、つとに判例が存し、当裁判所も、これに左祖するものである。

しかしながら、本件の場合、右の法理を、そのまゝ当て嵌めることができない。けだし、仮登記は、本登記の順位を保全し、仮登記後本登記までに、これに抵触する登記の存在が排除されるに止り、仮登記権利者は本登記によつて仮登記のときまで遡及して所有権者たりし事実を擬制するものではない。従つて差押の当時控訴人は建物につき本登記が無く建物所有権を被控訴人に対抗し得ず、その従物たる本件物件の所有権も亦被控訴人に対抗し得さりしものでその時差押が為された以上、その後に至り建物につき本登記を為し其の所有権を被控訴人に対抗し得るに至つたとしても、最早や本件物件につき所有権の移転は差押物件についての所有権移転に他ならずこれを差押債権者に対抗し得たるものと考ふべきであるからである。

本件について言えば、控訴人は所有権移転の本登記をなしたことにより、仮登記の昭和二十八年六月二十日を基準として、右所有権移転登記に抵触する登記の存在を排除し得るに止り、それまで遡及して所有権者たる地位が付与されて被控訴人の本件差押を所有者として排除を求め得るものではないのである。

仮登記の効力を右の如く解釈するときは、控訴人は、従物たる畳、建具をその意に反して剥奪せられ、これと同時に社会経済上の立場から主、従の結合を認めた物的結合の利益を破壊し、不当に廉価に処分される結果、法の目的に背反するおそれなしとは言え難い。しかし、わが法制上、従物に対して独立の強制執行を禁ずる規定がなく、仮登記の効力を前示の如く解する限り、またやむを得ない結果であろう。仮登記権利者は右の限度において満足すべきである。

次に控訴人は、弁済期日昭和二十八年五月三十日の経過と共に所有権を取得し、本件建物の居住者たる訴外北折源之助に対し、本件物件を爾後控訴人のために占有すべきことを命じ、同訴外人がこれを承諾し控訴人のために占有したものであるから、占有改定による引渡によつて対抗要件を具備したと主張する。

しかし、右主張の占有改定の事実を認むべき証拠がなく、却つて、当審における控訴人本人の供述によれば、控訴人は弁済期日後約三年間何等の措置を採らずに放置し、本件建物の居住者たる北折源之助より本件物件につき被控訴人より差押されたとの報告を受けたるも多忙の為自ら本登記の手続を執らす被控訴人に一任し同人に於て本登記をなした事実が認められる。従つて、本登記前後を通じ毫も本件物件についての占有改定の事実がなかつたというべきである。

然らば、被控訴人が本件物件についてなした強制執行の排除を求める控訴人の請求は失当であり、これと同旨に出でた原判決は相当であるから、本件控訴は理由がなく棄却すべきものとする。

よつて民事訴訟法第九十五条第八十九条、第五百四十九条第四項第五百四十八条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 北野孝一 大友要助 吉田彰)

目録

物件の表示 員数

縁付畳 二二畳

ふすま 一〇本

化粧ガラス戸 四本

腰板並障子 八本

坊主畳 八畳

並ガラス戸 四本

並障子 四本

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